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プロフィール

棚橋 哲也パーソナルトレーナー

トレーナープロフィール

棚橋 哲也

Tanahashi Tetsuya

棚橋 哲也

Tanahashi Tetsuya

1984年12月11日生まれ。

愛知県稲沢市祖父江町出身。

運動指導歴18年、シェイプUP、姿勢改善、腰痛・肩こり等の不快症状の改善をメインとして、9歳から96歳のおばあちゃんまで2万人以上のサポートに携わる。

1年間で体重7kg減、体脂肪率10%減(50代女性)や120kgから健康的に50kg以上の減量成功(40代男性)、寝たきりのおばあちゃんを自力歩行可能にした実績もあり。

接骨院勤務、大手スポーツクラブの社員、フリーランスのパーソナルトレーナーを経て、2022年5月26日にスタイルUP専門『sun-archパーソナルスタジオ』開業。

パーソナルトレンーニング指導や企業・行政での健康セミナ、指導者向けスキルUPセミナー、中部地区最大級のフィットネスイベントの実行委員長を務めるなど精力的に活動中。

1984年12月11日生まれ。 

愛知県稲沢市祖父江町出身。

運動指導歴18年、シェイプUP、姿勢改善、腰痛・肩こり等の不快症状の改善をメインとして、9歳から96歳のおばあちゃんまで2万人以上のサポートに携わる。

1年間で体重7kg減、体脂肪率10%減(50代女性)や120kgから健康的に50kg以上の減量成功(40代男性)、寝たきりのおばあちゃんを自力歩行可能にした実績もあり。

接骨院勤務、大手スポーツクラブの社員、フリーランスのパーソナルトレーナーを経て、2022年5月26日にスタイルUP専門『sun-archパーソナルスタジオ』開業。

パーソナルトレンーニング指導や企業・行政での健康セミナ、指導者向けスキルUPセミナー、中部地区最大級のフィットネスイベントの実行委員長を務めるなど精力的に活動中。

体型コンプレックス

小学校入学後テーブル一杯に料理が並ばないと気がすまないぐらい、

毎日好きなものをお腹が苦しくなるぐらい食べ続けていました。

あれよあれよと太っていき、ぷよぷよと呼ばれたり、

保健の先生に毎回肥満指導を受けるぐらいの肥満児でした。

大好きな野球も的が大きいという理由だけでキャッチャーをやらされ、

太っているから股が擦れて

痛くなるのがイヤでイヤでしょうがなかったです。

極め付きは当時好きだった女の子に『哲也はいつも食べてばっかりいる』と言われた事が

ショックで体型コンプレックスになりました。

そんな自分を変えたい!と決意をしたダイエットを開始したのが原点です。

肥満

最愛の祖父との別れ

両親が夜勤もある共働きだったこともあり、祖父と祖母が協力して兄と

多くを語らない祖父で私の面倒をしっかりみてくれていました。両親が夜勤もある共働きだったこともあり、祖父と祖母が協力して兄としたが、私の事をとても可愛がってくれて、

戦時中の話をよくしてくれていました。

植木仕事をしていた祖父の仕事を手伝うのが楽しくて、仕事終わりに祖父の大好きなサイダーを一緒に飲むのが私の楽しみでした。

私が中学2年生の時に祖父が体調を崩し、大動脈瘤を発症して大きな手術を受けました。

長い入院生活を送り無事退院してきたものの、あまりに痩せ細り、一人では歩く事もできず、

会話も成り立たなくなってしまった祖父の姿に呆然としてしまいました。

その後、祖母と両親の懸命な介護のおかげで自力生活が送れるほど回復しましたが、

最後はすい臓がんで亡くなりました。

病床で意識が朦朧としながらも、私の呼びかけに必死に応えてくれた祖父を見て

「こんなに苦しまなくても健康で最後まで笑って、一生を終える事はできないのか?」と考えるようになりました。

祖父

自身の怪我

高校球児だった3年生になる春の公式戦で2塁に盗塁をしスライディングをした際に

運悪くスパイクが土に引っかかり、左膝が捩れる。

立ち上がった瞬間に膝に力が入らず、全く走れない状態に…

負傷交代をし、どんどん腫れる膝にびっくりしつつ、試合後近所のクリニックに診察してもらうと…

「左膝内側側副靭帯と半月板損傷、全治2ヶ月以上」と診断。

7月の夏の予選まで残り少ない中、目の前が真っ暗。

安静にしつつ少しでも動けるようになったら、練習に参加してまた痛くなるの繰り返しで

当時はリハビリの情報もサポートしていただけるネットワークもなく、自分で試行錯誤の繰り返し。

何とか最後の大会に間に合い、出場できたものの最後まで膝の不安を消えることはなかったです。

その特に怪我で同じように苦しんでいる人のサポートがしたい!と決意しました。

ひざ痛

パーソナルトレーナーという天職

私自身の①体型コンプレックス、②祖父との別れから『健康』の大切さ、③怪我の痛みからの復帰、

これらを全て合わさった職業は何かないかと考えた末に…

当時まだ認知されていなかった『パーソナルトレーナー』という職業がぴったりだという事が分かりました。

中華の料理人を志したいた進路を大きく変え、トレーナー系専門学校、

医療系大学、大手スポーツクラブでの経験を経て、

2011年4月に念願だったパーソナルトレーナーとして独立し、

お客様の人生が自分らしく輝くお手伝いをしております。

スタジオ写真①
スタジオ写真②
ウェア